八ヶ岳の頂から始まった紅葉が目に見える速さで平地に降りて来る頃になると、川からアユの姿は消え、U医師はまた沈みがちになった。この頃から、彼の独身寮の部屋には一人の看護婦が出入りするようになっていた。彼女はU医師より1歳年下で、彼とおなじ病棟に勤務している。部屋の掃除をしてくれたり、花を飾ったり、酒の肴を作ったりしてくれていた。穏やかな性格の女性で、U医師は彼女の微笑の中に死んだ母の面影を感じ取っていた。だから、U医師は彼女と寝たりはしなかった。一度寝てしまうと女は緊張感を捨てる。金を貸してくれと言うと平気で財布ごと渡してくれるようになったりする。少ない数ではあったが、学生時代に何度かそういう経験をしているU医師は、大事にしたいと思う女とは簡単に寝てはいけない、と確信するようになったのである。この考え方がすこぶる自分勝手なもので、相手の女性の気持ちをまったく無視したやさしくない男のそれであるとU医師が気づくのはもっとずっとのちのことであった。