コンピュータのネットワークを、人々がどれだけ評価していたかがよく分かる。その評価が、過大なものだったのか、それとも適正なものだったのかは、議論の分かれるところだろうが。僕自身がその問題について、当時どのように考えていたのか、よく憶えてはいない。1997年といえば、いわゆるネットバブルが始まる約2年前のことだ。結果としまただなかて僕はそのネットバブルの真っ直中を走り抜けることになるのだが、ネットバブルが実際にどういうものだったのかもよく知らない。仕事に夢中で、他を見ている暇がなかったのだ。僕はその頃、ワイシャツの袖をまくり上げ、地方都市の商店街を走り回っていた。目指す商店が見えてくると、脚を高く上げ、腕を大きく振る。それでも足りなければ、空き地を見つけて腕立て伏せをした。そのまま額や脇の下にかいた汗を拭わずに、息を切らせて目的の商店に駆け込む日々。高級スーツに身を包み、気取って話をするより、汗をかきながらでも一所懸命に話をした方が相手がよく聞いてくれることを、僕は経験から学んでいた。つまりそれは、僕がいかに真剣かをアピールするためのパフォーマンスだった。パフォーマンスと言えば聞こえがいいが、みみっちいと言われれば、ものすごくみみっちい。そこまでしなければ、話さえも聞いてくれない。それが現実だった。なにしろ僕が売ろうとしていたのは、当時としては“かなり胡散臭い”とされていたものだった。インターネットの仮想空間に僕たちが作るショッピングモールへの出店である。