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馬鹿馬鹿しさをうっすらと感じるきっかけ

ためらい傷を何度も繰り返しているうちに、あるとき本気で切って死を遂げてしまうことも稀ではないからです。治療関係がある程度できているときには、場合によっては、多少冗談ぽく対応することもあります。すでに手首を切ることはよくない、やめようという話は何度かしていて、いまさら同じ話を繰り返すのも芸がなく、また本人も「よくないことをしている」と思いながらやめられずにいるような場合です。このようにして、「困ったねえ。どうすればいいかねえ」という気分を共有しながら、「手首を切る」ことへのつきつめた気持ち、こだわりから患者を一瞬にせよ解放するのです。うまく行けば、この場合のように、患者も笑ってくれます。もっとも、笑ってくれないようでは困るので、そのような確信がある場合にしかこうした言い方は使いませんが。場合によっては、手首を切ることの馬鹿馬鹿しさをうっすらと感じるきっかけになるのではないかと思います。