現代では、さまざまなイメージリーダーがファッションを誘導する。毎年、パリ、ローマ、ミラノ、ニューヨーク、ロンドンをはじめ、東京などのコレクションにデザイナーが発表する新作ファッション。それを美しく着こなすスーパーモデル。カリスマ性のある歌手やタレント、あるいはファッション誌の、身近な読者モデルたち。新しいファッション情報は無数のメディアに乗って世界をかけめぐる。90年代後半、こうした中から登場したキャミソールファッションは、下着業界にとって衝撃的であった。なぜならば、そもそもキャミソールとは下着であったからである。下着業界としては、下着はあくまでアウターの下に隠れるインナーウェアであって、外に見せるものではないと考えてきた。60年代には、卒業を控えた女子高校生に向けて下着セミナーを開催し、「ちょっとご注意」と、ブラジャーのストラップ(肩ひも)やスリップのレースがチラ見えするのが不体裁であることを教えてきた経緯もある。それゆえ90年代の、アウターとしてのキャミソールの流行に、いち早く呼応したのは下着メーカーではなかった。キャミソールファッションが流行のピークを迎えたのは1998年といわれており、同年6月5日付の『読売新聞』に「『下着ルック』売れて売れて」と題して、「キャミソールドレス」や「スリップドレス」と呼ばれる“下着ルック”の爆発的な売れ行きが報道されている。しかしそこで紹介されていたのは下着メーカーではなく、アウターのメーカーであった。厳密にいえば、キャミソールファッションは下着メーカーのキャミソールとは若干異なっていた。レースがなく、透けないよう厚めの生地で作られ、中には大柄のプリント付きのものまであったという。さらに下着のキャミソールの肩ひもに付いていた長さ調節用の金具が消えたキャミソールファッションもあり、明らかに、アウターとしての仕様が意識されていたといえる。当の下着メーカーにとって、これは思わぬところでお株を奪われたと映ったようだ。果たして1999年7月B日付の『繊研新聞』には、「アウターに『キャミソール大ヒット』の果実を取られたことが、(下着)業界の問題意識に火をつけた」と報道され、その後、遅ればせながら業界を挙げて「キャミソールをはじめ、アウターウェアとして着用できるランジェリーの開発が進んでいる(『30YEARSNBF』日本ボディファッション協会、2007)」としている。キャミソールにとどまらず、その後も下着は次々と公の場で自己主張を始める。胸元からブラジャーのレースが覗いたり、開いた襟の肩口からストラップが見えたり、わざと濃い色のブラを着用して、アウターウェアから透けさせるといった従来にない着用方法が目につくようになった。また、2001〜2002年には夏場に限らず、丈の短いタンクトップに、股上の浅いローライズのホットパンツを組み合わせることで、前からはおへそを、後ろからはショーツの上辺を見せるファッションも一世を風扉した。「見せパン」「見せブラ」という言葉も流行した。このように、本来はアウターの陰に隠れているはずの下着であったが、これが表に出てきてしまった。いわば、下着のアウター化とでもいうべき風潮が広まったのである。
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